読書の時間
そういえば唐突に思い出したことだけれど、小・中学生の時に朝の読書の時間ってやつがあった。あれは割と強制的に本を読ませる時間だったな。ほいで、わたしは本を読むのは嫌いじゃなかったから、その時間が嫌いではなかったのだけど、朝の15−20分では区切りがいいところで終わらせることができないのよ。そんで続きが気になってあんまり授業に集中できなくて、休み時間になると本と睨めっこ、昼休みも外で遊ばないで教室の自分の席で、文字を追っかけることのが多くなってた。う〜ん、本に夢中でしたね、あの頃の自分。
最近は、彼が村上春樹さんの著書を読んでるので、わたしは「海辺のカフカ」を読み返している。海辺のカフカはわたしが中学生の時、兄に勧められて読んだ初の村上春樹作品。今回で読むのは4回目。中学生の頃は首を捻りながら読んでたけど、歳を経るごとに味わいもかわるものですね。でも初めて読んだ時から好きなのは、ナカタさんが出てくる章。彼を取り巻く環境と場面の切り替わりと。うまくは表現できないけど、好き。わたしは基本的に最初のページから順番に読んで行くタイプなので、一から読み見直していくスタイルになってるよ。
本日は2回目の実習事後指導を受けました。実習担当の教授は本当に指導がうまい。国試の勉強にもなるし、実習の振り返り大切。
っていうのを昨日かいたけど、眠すぎて爆睡してしまったので、今日投稿
もしかしたら
出来事はつながって重なっているように思う。彼を見送ったら、元彼をその視界の端に捉えた。もう1度確認したけど、間違いない。そりゃ大学生で、大学近くにみんな住んでいるのだからこんな状況なんてありふれているかもしれない。でも、なんで今日のあのタイミングなんだろう、ふと考えてしまった。少し複雑な気持ちになる。今のわたしには歓迎すべき状況じゃなかった。
元彼とは気まずい関係のままだ。それでも、久しぶりにもう1度話がしたくなってしまった。時が解決パターンかな。
モヤモヤだ
おセンチ
十五夜と十三夜のお月見の両方を見ず、どちらか片方の月だけ見ることを、読んで字のごとく「片見月」、または「片月見」といい、縁起が悪いとされていた。
ということをこないだ母に聴き、知った。
母もつい最近まで知らなかったらしく、十五夜と十三夜は同じ場所で同じ人とお月見をしないと縁起が悪いって話をきいたらしい。これは、恋人とまた会うための口実だったといわれてる。
そんな口実つくんないと会えなかったのかって考えると切ないけど、ロマンチックとも言えるのだろうか
十五夜の夜はあまり月が見えなかったが、昨日の夜は綺麗に月が見えた。
秋の風を感じながらの月見は、心にすっーと染み渡った。月見をするのは、秋の月が素晴らしいということもあるけど、流れるあの空気が特別で素敵な空間を生み出しているのだろう。
最近、バイト三昧で疲れている。
けれど、卒論の調査、友人との時間をもつ、活字に触れる、家族との時間、大切な人の嬉しい報せ。考えてみればとても幸せな毎日。
卒業が迫っていて、思ってもいないタイミングで胸がきゅっとなる。
愛おしいと思えるような時間や空間が確かに私の中にあるようです。
今日の振り返りなのか、愚痴なのか、意思表明なのかよくわからないけど。
スーパーでは梨95円・りんご78円、ぶどうも種類豊富に取り揃っていて、秋の味覚が新たな季節の訪れを感じさせてくれた。
本日、図書館に行ったら友人に会い、たぶん2時間くらいしゃべってしまった。女子とは話すことでストレスを発散する生き物だと、どこかきいたことがある。(性別で明確な違いがあるのか科学的にわかってるのかは知らんけど。)
要するに、恋バナをした。お互いの近況やら、卒業研究の話をした。
今は夏休みであるし、ましてや私たちは4年生で、講義もほとんどとらないので、普段顔を合わせる機会はめっきり減ってしまった。そのため偶然、友人に会うと話し込んでしまうという事象がよく起こる。
友人に彼氏ができていた、付き合って2週間くらいらしい。付き合いたてで、楽しいってことは全くなく、会うのが億劫だと言っていた。思うところはあったけど、タダ話をきいていた。それがわたしの役目だと思ったので。
話をきくことにそんなに自信はないのだけれど、誰かと話すっていうのは大切だと思う。コミュニュケーションを通して、多少なりとも自らの価値観の歪み、傾きを知ることができる気がする。
そういう機会としても、単純にストレス発散のためにも話すって大事だ。
アルバイトは、やっぱり生活費を稼ぐためという目的が大きい。しかし、自分の興味に合うものを選んで仕事はしている。
両立できるようにやっている。それでも、やっぱりつらい時はある。
仕送りを貰わずにやっていくためにはアルバイトをしなくちゃいけない。ルームシェアしているおかげで、最低限を稼げば、生きていける。お金がないと、何もできないのだ。わたしは無駄遣いはしていないと思う。お金を理由に何かを断るのは嫌だ。
末っ子だから、上の兄弟達を見てきてしまったから、親に楽をさせてあげたい気持ちが強いのかもしれない。貰える物はもらってるのかもしれないが、親にお金を要求することに慣れていない。
自分でできることをやりたい。その結果だけど、自分も意固地になってしまっていたのかもしれない。
誰にもいい顔するっていうことはできないな。
わたしは結局、自己完結。笑
最近、何冊かの本を買ったので、卒業研究と国試の勉強の傍らで読んでいきたいと思います。
楽しみだ
実習終わり。
8/31付けで実習が終わり、9月になった。
学生の特権、ゆとりある平日を取り戻した。
久しぶりの1人の時間を過ごしている。
わたしはルームシェアをしているし、なんだかんだ彼といるし、実習はもちろんバイトも誰かと顔を合わすことになるから、すべての条件が重ならないと1人という空間?時間は実現しないのである。1人は新鮮だ。
1人になって、自分が「人疲れ」?みたいな状態になっていることに気がついた。
でも、こういう時があってこそ、支えてくれる人やご飯に行ってくれる友人、話してくれる人のありがたみを感じる。
バランスは大切だ。
実習担当の職員の方と実習最終日にお話しして泣きそうになった。
わたし史上最大の謎なのだが、思っていること、特に自分の夢のようなものを語る時に何故か涙腺がゆるむ。目上の人だからとかではなく、相手が同級生・後輩・家族の時だって発動する。実は結構気にしている部分だ
実習担当の方は市役所でケースワーカー*1をしている方だ。アクティブで、すごく尊敬できる人だ。社会福祉課の中ではムードメーカー的存在らしい。
「いっぱい穴掘れたでしょ?行政は浅いけど、いっぱい穴見つけられちゃうの。施設だとね、深いかもしれないけど、1・2個しか穴掘れないのよ。」
本当にその通りだと思った。それだけたくさんの気づきがあった実習だった。
「穴を見つけたら、あとはそれにどう向き合っていくかだからね。」背中を押される言葉だった。
(追々書こうと思うけど、障害者の就労支援に関わりたい)
これから、実習の打ち上げ。
明日は実習明け初コンビニ朝バイトなので、早起きかましてやりますよ。
朝に響くと問題があるので、食べ過ぎには注意しよう。
わかってても言えない
久しぶりの投稿ですが、なんともモヤっとしたこと書きます。
わたしはたぶん人に〝求める″人間だ。
わたしが人に優しくするのはそれを返してほしいからで。
だから、自分が求めるレベルが返ってこないとイライラするっていうのはわかってる。
即時的にお返しがくることや自分の思い通りになることなんて中々ない。
少しずつ転換していくべきとわかっててもまだうまくいかない。
無償の愛を目指したいんだけどね。笑
許せるレベル低めなのだと思います…
少しずつ着実に嫌なこと溜まってきてるみたいだから、吐き出さなきゃ。
前よりは言えるようになってるけど、まだまだみたいだ。
相手に嫌われたくないとか思ってる場合じゃなくて、その都度伝えるのが大切だってわかってるのだけどうまくいかない。
隠すか、不快な思いをしたから相手に悪態をつくような不適切な対応をするっていう選択ばかりしちゃう。
ほんとはチクっと言って終わりにしてけばいいのだろうなぁ。
謝らなきゃいけないこともたくさん。言わなきゃいけないこともたくさん。
実習はあと3日間。